それは、ソ連の空母「リガ」が収益した1988年12月4日から始まる。
長く複雑な物語である。
それから10年後(ソ連崩壊から7年後)、「ヴァリャーグ」と改名されていたこの空母は、
エンジンと舵を取り外された状態でウクライナの造船所に放置されていた。
それを、中国人実業家グループがマカオのカジノとして使うと言う名目で買い取った。
もちろん、アメリカ国務省とペンタゴンはそんな策略には騙されなかった。
この取引に関わっていたダミー会社の経営者が元中国軍人だっただけになおさらだった。
さらに、中国がこの手の策略を使うのはこれが初めてではなかった。
1985年に同じようなダミー会社がオーストラリアの空母「メルボルン」を
スクラップにすると言う名目で買い取った時も、
「メルボルンの飛行甲板は無傷で残され、空母艦載機の離着陸訓練用に使用された」。
ヴァリャーグがが中国の造船所で修理されて中国初の作戦行動可能な空母になるのを防ぐため、
アメリカ当局は密かにトルコに圧力をかけてボスボラス海峡通過を阻止させようとした。
この作戦が功を奏し、ヴァリャーグが1年以上の間黒海をあてもなく周回していた。
だが結局、財政事情の厳しいトルコが中国の魅力に負け、ヴァリャーグが解放された。
1時、強風と高波のために牽引ワイヤーが外れたりといった危険な航海を終えて
中国に到着したヴァリャーグは、大連の造船所で改造、再装備されて遼寧として
生まれ変わり、2014年4月に海上試運転が行われた。
現在、遼寧は中国国民のプライドの源である。
至るところに写真が飾られているし、小さくな子供から年配者まで誰もが、
空母から航空機の発進するときの甲板員の特徴的なポーズを真似て喜んでいる。
1970年代に中国のある高官が「中国は絶対に空母は造らない。
空母は帝国主義の道具だし、それに撃ち落とされるのを待っているのを待っている
格好の標的のようなものだからだ」と言ったのは有名な話だが、
それを思うとまさに隔世の感がある。
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