中国との大取引の内容については、ジョージ・ワシントン大学の
チャールズ・グレーザー教授の提案がおそらく最も具体的だと思われる。
本書冒頭の問題文として要約されている彼の提案は非常に具体的に恒久平和への道筋を
示しているし、これを賛否両面の立場からより詳しく分析することで
アジアの緊張の複雑な構造を明確にすることができるため、
まずはここからしっかりと検討していくことにしよう。
グレーザーの「中国との大取引」論の出発点には、「国家は自国の利益を促進するための
(大戦略)を追求する」と言うリアリズム派(第37章参照。
国際関係論で言うリアリズムは、日常用語としての現実主義とはかなり異なっている)の
前提がある。
アメリカの大戦略の特徴は、追求する主な目的は少なくとも3つの段階に分かれている
事だ、とグレーザーは言う。
最上ランクに位置してるのが国家安全保障である。
これは、アメリカだけでなくどんな国とっても最重要な目標である。
2番目が経済的繁栄である(重要度は最高ランクとわずかしか違わない)。
国家安全保障と経済的繁栄と言うこの2つの目標は現在、
アメリカの外交政策の主な推進力だし、そうであるのが当然だ、とグレーザーは言う。
アメリカ外交政策の3番目の(とは言え、上位2つに比べてかなり重要度が低い)目標は、
「アメリカ例外主義」と言うイデオロギーに基づく1連の理想を追求することだ、
とグレーザーは言う。
この目標の根底にあるのは、「この世界がより良い、より安全な、より豊かな、
より正しい場所になるためには、政治レベルでは民主主義を、
経済レベルでは自由貿易と自由市場を、個人レベルでは意思と表現の自由を
世界中に行き渡らせることが必要だ」と言う信念だ。
こうした理想には暗黙のうちに、「アメリカには強い道徳的義務がある。
アメリカは、自分よりも弱い国を圧政から守り、世界的人道危機が起きた場合には個人を助けなければならない」と言う信念が付随する。
グレーザーのリアリズム的前提によって、「経済的・国家安全保障上の目標達成のためには
イデオロギーや道徳的義務を進んで犠牲にしようとする、冷淡で実利的なアメリカ」への
道が開かれる事は明らかである。
フレーザーは、「民主主義を援助し、促進することでアメリカは関心を持っているが、
それはアメリカ最大の関心事ではない」と言う。
つまり、「約束を破ったほうがいい」場合もあるのだ、と。
台湾とその民主主義政権を犠牲にした方が良いと考える理由について、
グレーザーは、台湾をめぐる論争が米中関係の唯一最大の障害だからと述べている。
問題は、軍事衝突の際にアメリカが実際に台湾を守る可能性があると言う事だけではない。
守る、と言う約束そのものが米中関係を緊張させるのだ。
中国は、アメリカが内政に干渉していると思っている。
アメリカはそうは思っていないが、中国の本音はそうなのだ。
だから、それは関係を緊張させる。
それは、アメリカが台湾に武器を売っていることよりもさらに関係を緊張させている。
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