こうした専門家の意見を踏まえて、グレーザー教授の提案する大取引が
実際のアジア外交で勢いを得る可能性は低いものと思われる。
つまり大取引は「役立たず」なのだが、にもかかわらずグレーザーの提案は
本書の目的にとって非常に役に立つ。
中国とアメリカ(およびアジアの同盟諸国)との間に存在する、戦略・イデオロギー上の
明確な違いをより鮮明に見せてくれるからである。
これは鮮やかに浮かび上がらせることによって、グレーザーの提唱する大取引は、
本書がこれまでに明らかにしてきた中で最も重要な事実を強調しているのだと
言えるかもしれない。
つまり、アジアの緊張の高まりは、文化的な行き違いや中国の意図への誤解、
あるいは当事国の戦略上の判断ミスの結果ではないと言うことである。
どぎつさを増す中国の領土要求とアジアにおけるあからさまな覇権の追求をめぐって、
中国とアジア諸国の間には著しい意見の相違が実在する。
その結果、緊張が高まっているのである。
ジョージタウン大学のオリアナ・マストロ教授は、平和への道筋を模索する講演の中で
こう述べている。
我々(米中)お互いの見解を公開しているわけではなく、単に相手の見解が
気に入らないだけなのかもしれない、と言う事実に早く率直になれば、
それだけ早くこの緊張状態を抜け出し、協力体勢へと移行することができるだろう。
したがって、残る問題は、「この緊張状態を抜け出し」て平和を確かなものにするには
どんな対中政策を取るべきなのか、である。
これまで数章にわたっていくつかの平和実現案を検討してきたが、残念なことに、
いくつかの誤った選択肢を排除できたに過ぎない。
これまで見てきたように、経済的関与も経済的相互依存も核兵器も、
恒久平和を保証するものでは無い。
新孤立主義を採用したアメリカ軍はアジアから撤退させれば、紛争と不安定な状態が
緩和されるどころか悪化するばかりだし、攻撃的で不透明な中国相手に実りある交渉を
行うのも極めて困難と言わざるを得ない。
こうしたぞっとするような結論から判断すると、大取引も実行不可能
(と言うより、ほとんど論外)だとすれば、残る選択肢は「力による平和」以外に
ないと思われる。
最終部で、この選択肢とその危険性について考えることにしよう。
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