取引決済に現金を利用すること、ひいては中央銀行や政府が紙幣、硬貨を発行し、
民間銀行と協力してそれを滞りなく流通させるには大きなコストを要し、
そのコストは最終的にはその国で暮らす人々の負担となる事は、
第4章に詳しく触れた通りです。
現金流通のことに加え、現金がマネーロンダリングや税回避などの犯罪を助長し、
社会的なコストを高めていることも、中央銀行デジタル通貨の議論の背景にあります。
ローレンスサマーズ元米国務長官は、そうした議論を国際的にリードし、
高額紙幣の廃止を強く主張してきた代表的な論者の1人です。
サマーズ長官は1990年代末にユーロ圏で500ユーロ紙幣の発行が検討された時、
すでにその弊害を主張していました。
彼は、高額通貨の廃止は米国も含めた国際協調の枠組みで実施すべきと考え、
現金通貨全体の廃止は行き過ぎとしても、高額通貨の新規発行は
停止するのが良いと主張しています。
米国では50ドル札と100ドル札の廃止が望ましいと考えているようです。
サマーズ長官が賞賛する、2016年に発表されたハーバード大学のレポートは、
高額紙幣の弊害とその廃止の利点について次のように議論しています。
①脱税行為によって失われる税収の金額によって大きく異なるが、
6%から70%と推定される。
また、世界中の金融犯罪の規模は年間2兆ドル超、世界の贈収賄の規模は、
年間1兆ドルに及ぶと推定される。
②こうした犯罪に対する当局の対応は犯人検挙に集中している。
しかし、犯罪捜査にかかる莫大なコストにもかかわらず、
検挙にいたる犯罪は全体の1%未満である。
犯罪の抑止がより重要で、それには犯罪行為に利用されることの多い高額紙幣の廃止が
有効である。
高額紙幣が廃止されれば現金を利用する犯罪行為のコストは大きくなる。
③電子決済が広がる中、高額紙幣は通常の経済活動に重要な役割を果たしていない。
一方、地下経済には極めて重要な役割を果たしている。
2007年にメキシコで検挙された違法ドラッグの取引額は2億700万ドルに達したが、
その大半に100ドル紙幣が使われていた。
ちなみに第4章で見たように、日本の1万円札は額面が大きいだけではなく、
諸外国と比較した場合の現金全体に占める比率と、経済規模で比較した流通金額が
突出して高くなっています。
それは、犯罪に利用される潜在的なリスクも高いことを意味しています。
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