もちろん、国際関係論の「リアリズム」派に属する人々は、
「貿易は常に、侵略を防ぐ切り札になる」と言う見解を即座に却下する。
自らの見解を裏付ける例として、彼らは、史上最も明白なパックス・メルカトリアの
失敗例である第一次大戦を、史上最も見当はずれに終わった予測とともに引き合いに出す。
第一次大戦勃発のわずか数ヶ月前、リベラリズム派の重鎮、スタンフォード大学総長
デビット・スター・ジョーダンは厳かにこう予測した。
いつも今にも来そうで、いつも差し迫っていて、そのくせ一向に来ない、
ヨーロッパの大戦についてなんと言えば良いだろうか。
そんなものは決して来ない、と申し上げる。
人知の及ぶ範囲でいえば、そんな事はありえない。
言うまでもなく、それから数ヶ月もたたない内に、その「ありえない」戦争は
現実の戦争となり、世界経済を壊滅させ、数百万の兵士とさらに数百万の民間人の命を奪った。
パックス・メルカトリアがこの場合になぜ上手くいかなかったかを説明する際
リアリズム派は経済的相互依存の平和維持能力に関してリベラリズム派よりも
ずっと複雑な見解を展開する。
ある国が食料、エネルギー、その他の原料用天然資源といった国家安全保障上
不可欠な物資を貿易に大きく依存している場合、
その国が戦争を引き起こす可能性は実際には高くなるかもしれないとリアリズム派は言う。
彼らが第一次大戦を引き合いに出す理由は、まさにこの有害な相互依存が
そこに見られるからであり、第一次大戦のドイツ帝国と現代の中国には
いくつかの興味深い類似点が見られるからである。
第一の類似点は、ドイツ帝国も現在の中国の「マラッカ・ジレンマ」と
同じようなものを抱えていたことである。
第一次大戦前の数十年間に急速に発展したドイツは、石油の輸入への依存度を次第に高めていた。
そのため、大英帝国の帝政ロシア及び帝国主義的アメリカと共謀してドイツを
中東及びその石油資源から締め出そうとしているのを見て、ドイツは警戒感と怒りを募らせた。
現在これと似たような反中国的な謀略の存在を中国は感じているかにどうかについて、
こんな気がかりな事実がある。
胡錦濤国家主席が国家主席が2003年の演説で「マラッカ・ジレンマ」に初めて言及した際、
「(特定の大国)がマラッカ海峡を通過する石油の流れを
コントロールしようとするかもしれない」と警告しているのである。
第二の類似点は、第一次大戦前のドイツ帝国と同様の現在の中国も、
その急成長する産業基盤を支えるために外国から天然資源の輸入に
大きく依存していることである。
リアリズム派のデール・コープランドは、「保護主義的なフランスがドイツ帝国への
鉄鉱石の輸出を制限するとすぐさま、ドイツ産業界は公然と、
鉄鉱石を産出するフランス・ロレーヌ地方を確保する必要について語り始めた。
彼らにとって、戦争はビジネス上の問題だった。」と述べている。
中国の国営企業がこれと同じように外国の資源を戦争によって「確保」しようと
しているかもしれないと考える事は、少なくとも中国の拡張主義の合理的解釈として
可能である(第28章で述べた、中国政府の失地回復政策を後押ししていると思われる
「派閥の弊害」を思い出してほしい)東シナ海と南シナ海の紛争には必ず中国側の
不法な天然資源採掘が絡んでいるし、中国石油総公司といった
国営企業の石油掘削装置が中国軍の艦隊に守られていることも珍しくない。
派手さは無いものの、第3の類似点が最も興味深いかもしれない。
第3の類似点とは、ドイツ帝国も現在の中国も海洋封鎖を恐れていることである。
第一次大戦に至るまでの20年間、ドイツの食糧輸入は急激な人口増加をも上回る速さで
増加していた。
その結果、コープランドによれば、「相手が兵糧攻めに持ち込もうとして
輸入量を封鎖してくるのでは、と言う双方の恐怖を反映」して、独英間で軍拡競争が起きた。
これはドイツ側の被害妄想ではなかった。
コープランドはこう述べている。
「イギリスのドイツ封鎖計画は第一次大戦に至る最後の10年間にかなり進んでいたため、
「必要品を外国からの輸入に頼るドイツは、経済封鎖がこのまま進めば
自国産業が窒息させられてしまうと恐れた」。
もちろん、ドイツ帝国の反応と現代中国の反応が同じかどうかわからない。
当時は当時、現在は現在である。
だが、現代の封鎖支持者の説く「経済的絞殺」と当時のドイツが味わった恐怖を比較してみると、
現在の中国も同様の恐怖を覚えるのはむしろ当然だと思われる。
こうした歴史上の類似点は、「第一次大戦前のドイツは現在の中国のような、
国家安全保障上不可欠な物質を輸入に頼っている国は
攻撃的になる可能性があると言うリアリズム派の結論を明確に裏付けている。
「経済的相互依存は平和を絶対的に保障するものではない」ことを示す現代史の事例は、
このほかにもたくさんある。
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