このように様々な例から判断すると、「核兵器は通常戦力の抑止力となる」と言う
意見には確かな歴史的根拠があると言うことになる。
それならなぜ、米中間で核のバランスが取れている現在、
中国がアジアで通常戦争を始める恐れがあるのだろうか。
この問いに答えるためには、あといくつか歴史上の事例について考察し
核抑止力をもっと深く理解する必要がある。
例えば、第5章で既に述べた、1969年に中国がソ連を攻撃した事件について考えてみよう。
当時、中国はまだ核攻撃能力を持っていなかったが、
ソ連のほうは中国の主要都市全てを破壊でできるだけの核兵器を保有していた。
にもかかわらず、中国は何の躊躇もなくソ連に攻撃を仕掛けた。
それどころか、中国指導部は紛争の最中に、「屈辱の100年間に帝政ロシアによって
加えられた歴史的不正を正すため、我々は核の脅しには決して屈しない」と公言してのけた。
核保有国イギリスと非核保有国アルゼンチンが戦った1982年のフォーククランド紛争も、
これと同様のナショナリズムと歴史的不正の是正と言う色合いを帯びた領土紛争である。
国民の不満をそらそうとして、アルゼンチンの軍事政権はマルビナス諸島
(フォークランド諸島のアルゼンチン側の呼称)侵攻を命じた。
常兵器による攻撃を決定する際アルゼンチンにとってイギリスの核兵器は
何ら考慮の対象とはならなかったようである。
三つめの事例は、3度にわたる台湾海峡危機である。
1954年~55年の第1次台湾海峡危機の際も1958年の第二次台湾海峡危機の際も、
自分自身はまだ核を持たず、アメリカと言う核保有国の脅威に直面していたにもかかわらず、
中国が通常戦争を起こすことに明らかに何の躊躇も示さなかった。
第一次台湾海峡危機の際には再三にわたるアメリカの「核攻撃を行う」と言う
脅しに屈して撤退した中国だったが、早くも1958年にはアメリカの核の脅威を
ものともせず第二次台湾海峡危機を引き起こした。
だが、この第二次台湾海峡危機についておそらく最も興味深い点は
危機が終息したのは通常戦争の戦場で台湾側優勢になったためだったと言うことである。
台湾が台湾海峡上空で決定的な一撃を加えることができたのは、
アメリカから提供されたサイドワインダー空対空ミサイルのおかげだった。
言うまでもないと思うが、この「台湾が中国を下す」と言うシナリオは現在ではありえない。
それは中国軍が著しく近代化したせいばかりではなく、「決定的な一撃」を加える
ための最新兵器テクノロジーをもう一度台湾に提供することにアメリカは
今では消極的だからでもある。
抑止力を考える上では、第三次台湾海峡危機が最も示唆に飛んでいると言えるかもしれない。
この時もやはりアメリカの核兵器の脅威をものともせず、新たに核保有国となった
中国は、1995年から1996年にかけて威圧行動によって台湾総統選の乗っ取りを試みた。
アメリカの空母戦闘群が現場に到着するに及んで、中国はようやく撤退した。
中国の軍事力増強と非対称戦闘能力の向上を考えると、
今度はこのような結末も二度と期待できないと思われる。
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