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【銀行デジタル革命】53巨額の隠れコスト

では、現金を流通させるためのコストは、一体どのくらいなのでしょう。

 現金利用のコストを正確に把握することは容易ではありませんが、

ボストンコンサルティングは日本の金融界がATMを維持管理するコストを

年間7600億円程度と試算しています。

その他、現金輸送や取扱事務に係る人件費などを考慮すると、

日本の金融界全体で年間年間2兆円程度のコストというのが同社の見方です。 

それはGDPの0.3%に相当する規模です。

一方、米国のタフツ大学の研究チームの試算によると、

米国の現金のコストは年間2000億ドル以上に達するといいます。

1ドル110円で計算すると22兆円です。

米国の家計の平均(中央値)所得の3.3%、2013年のGDPで計算すると、

名目GDP比1.2%に達します。

タフツ大学の研究では、現金のコストをかけ、企業、政府の3部門に分け、

それぞれのコストを推計しています(図表4-4)。 

家計にとって大きなコストは時間の消費だとしています。

ATMで現金を引き出すために消費する時間が平均毎月28分で、

平均賃金で機会費用を計算すると年間310億ドルに上ります。

ATMの手数料80億ドル、小切手を現金化する手数料なども加えると、

現金に関連する手数料は全体で年間430億ドルです。

ちなみに年間の盗難などによる個人の被害総額は5億ドルですから、

430億ドルは格段に大きな額です。

企業部門のコストは年間550億ドルで、550億ドルで、

うち400億ドルは小売業界の現金盗難被害の総額です。

監視ビデオ、警備員、特殊金庫、武装車両等盗難防止に必要なコストもあります。

小さな企業では、現金等の取扱事務の人件費も小さくありません。

政府部門のコストは1010億ドルで、家庭や家計や企業の倍以上と見積もっています。 

内訳には、硬貨や紙幣の製造、輸送などのコストも含まれますが、

それは年間12億ドル程度で、政府部門のコストの大半は、

現金を使っての税金逃れ等による税収減だとしています。

研究チームは税収や政府 による種々の規制を逃れた地下経済の規模は

年間2兆ドル程度に及ぶと試算しています。

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【銀行デジタル革命】52海外では所得格差を拡大

現金利用には所得格差を拡大させると言う問題も含まれています。

 銀行口座の口座管理手数料が諸外国に比べて非常に安価な日本は例外

と言えるでしょうが、多くの国では口座管理手数料が高額であるために

低所得者が銀行口座を持つことができず、それが所得格差の拡大を助長しています。

例えば米国では、銀行口座を持たない低所得者は賃金を小切手で受け取ります。 

小切手を現金化するには手数料が必要です。

町の金融業者に高額の手数料を払うことも少なくないといいます。

賃金を銀行振込で受け取る人に比べ、小切手で受け取る人は不利益を被らざるを得ないのです。

世界銀行によれば、世界の成人の4割にあたる約20億人が銀行口座や

電子マネー持っていないため、様々な金融取引にアクセスできない、

いわゆるunbanked(アンバンクト)の状態にあるといいます。

それは途上国に限られた問題ではありません。 

米国では15歳以上の1560万人が、EUでは5800万人がアンバンクト状態にあります。

審査に通らずに銀行から口座開設を拒まれるケースもありますが、

規定の残高を維持できないと口座管理手数料が高額になるため、

それを嫌うことが口座を持たない理由の1つのようです。

デジタル通貨が現金に代替されれば、このような不公平はなくなります。

キャッシュレス化は所得格差の縮小に貢献するとも言えるのです。

金融包摂の観点からも留意すべきことでしょう。

(包摂: 一つの事柄をより大きな範囲の事柄の中にとりこむこと。

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【銀行デジタル革命】51現金流通のコスト、現金流通を支えているのは納税者

日本では支払いに現金を使うことに多くの人が不便を感じていないため、

スマートフォン決済やクレジットカード決済など現金以外の小口決済が急速に普及する

環境にはありません。

しかし、日本で暮らす大半の人々が不便や不快を感じることなく

を使うことができるようにするためには、実は大きなコストがかかっています。

1部の関係者以外ではそれを認識している人は少数なようです。

現金流通のコストは多岐に渡りますが、直接なコストに限ると、

紙幣を印刷し硬貨を製造するコストを、保管したり輸送したりするコスト、

現金を取り扱う人件費、ATMの製造費と維持費などがあります。

それらのコストの大部分は日本銀行と民間銀行が負担していますが、

最終的には大半が現金の利用者、つまり日本に住む人々や訪日旅行者に転嫁されています。 

日本銀行の収入は国債や手形、貸出金などの保有資産の利息が中心で、

そこから独立行政法人国立印刷局が製造する紙幣や財務省が製造する硬貨の

購入費や人件費等を出しています。

その経常利益から税金、配当等を差し引いた剰余金の大半は、

国の歳入となる国庫納付金として国に納めます。

つまり、紙幣の印刷代や硬貨の製造費など現金流通に必要な経費の分だけ、

国の収入は減ります。

国の収入が減ると言う事は、その分の税金が必要になるか、公共サービスが削減されると言うことです。

要するに、日本銀行は現金流通に費やすコストは日本で暮らす人々が負担していると言うことです。

また民間銀行が現金流通のために支出するコストは、

ATMの手数料等に転嫁されていますから、利用者が負担していると考えられます。

日本で暮らす人の多くは、小口決済に現金を利用することに何の不満も感じていませんが、

その一因は、現金を利用するためにいかほどのコストがかかっているかを

十分に認識していないからだと思われます。

日本銀行は、多くの人が現金を扱うことを望む限り、

全国に現金を遅滞なく郵送したり、紙幣の見た目の美しさを維持したりすることによって

その利便性をさらに高めることが勤めだと理解してるようです。

そうした取り組みが、人々の現金思考をさらに高めると言う循環が生まれています。

しかし実は、人々がそうしたコストを十分に認識した上で、

現金の利便性の費用対効果を適切だと考え、現金中心の小口決済の状況を支持していると

言うのでなければ、日本銀行の取り組みは必ずしも人々の利益に資するとは

言えないのではないでしょうか。

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【銀行デジタル革命】50-4中央銀行は利用者のニーズを尊重

米国ハーバード大学で経済学の教鞭をとるケネス、ロゴフ教授は紙幣廃止論者であり、

日本の1万円札についても「脱税や犯罪に利用されやすい」として廃止を主張しています。

近年、日本の現金流通額の名目GDP比率の突出を問題視する言説も増えており、

日本の小口決済のあり方は

国際的な注目を集めています。 

前述したように、小口決済の制度は各国の経済、社会、文化、慣習、

歴史などに根ざしています。

そのため日本銀行含めた各国中央銀行は、「利用者のニーズを尊重する」と言うスタンスを

とっています。

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【銀行デジタル革命】50-3③使われないデビットカード

一方、前述の通り、日本ではデビットがカードの機能が付いたキャッシュカードを

持つ人が多いものの、実際にデビットカードが決済利用される事はほとんどありません。

 その理由を3つ、日本銀行のレポートは指摘しています。

 ①米国では銀行業界が大量の小切手処理に伴うコスト削減の観点から

小切手を代替するデビットカードの普及に努めたのに対し、

日本ではもともと小口決済において小切手の利用が普及していなかった、

②クレジットカードの発行に伴う審査が諸外国に比べて厳しくなく、

比較的多くの人々がクレジットカードを持つことができる、

③クレジットカードを利用される際、一回払いが選択される場合が多く、

機能的にはもともとデビットカードに類似した使われ方がなされている—。

デビットカードには、クレジットカードのような審査なしで発行されることや、

口座残高の範囲内でしか利用できないため使いすぎの心配がないなどの、

利用者にとってメリットもあります。

そのためか、近年では、取り扱い店舗の多い国際ブランドデビットカードが、

徐々にではありますが、普及しつつあります。

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【銀行デジタル革命】50-2 ②ポイント還元目当ての電子マネー

電子マネーの利用比率の高さも、現金と並んで日本のコンビニ決済の大きな特徴となっています。 

日本での一人当たりの電子マネーのカードの保有枚数と、

その決済金額の名目GDP比率は、いずれも主要国平均を大きく上回っています。

その理由として日本銀行のレポートが指摘するのは次の3点でした。 

①首都圏、大都市圏の電車による通勤通学のニーズや複数路線の

複雑な乗り入れなどを反映し、スイカ、PASMOなどに代表される交通系カードが

広く普及している、

②顧客動向の把握等の観点から、電子マネーに「ポイント」を付加して

利用を促すビジネスに注力する発行主体も多く、ユーザ側もポイントが付与される

電子マネーを利用するメリットを感じている、

③近年、複数の電子マネー間での相互利用拡大や加盟店拡大、

共通端末整備の動きが進んでいる—。 

少額の決済で電子マネーが現金より好まれる理由としては、

野村総合研究所が実施した2010年の「電子マネーの利用実態と最新動向

-—電子マネーに関するアンケート調査(第4回)」の利用結果も参考になります。 

最大3つまでの複数回答で、電子マネーを買い物利用する理由を質問したところ、

多くの人が「電子マネーで支払うと(現金では受けられない)ポイントや

割引のサービスが受けられるから」(41.0%)、

「1円玉10円玉など小額のコインは扱わなくて済むから」(40.7%)、

「現金で支払うよりも決済スピードが早いから」(37.1%)と回答しています。

こちらにも、同意される読者が多いのではないでしょうか。

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【銀行デジタル革命】50カードより現金

物品やサービス、金融資産などを得る際に、購入者が対価として大金を払って

取引を完結させること、また、それによって当事者間の債権、債務関係を

解消することを、資金決済といいます。 

資金決済後、銀行間や企業と銀行間のそれは大口(ホールセール)決済、個人と企業、

銀行などの間、あるいは個人間で行う資金決済は小口(リテール)決済と言われています。

使用国の大口決済を見ると、経済社会を支えるインフラとしての

大口資金決済システムを中央銀行が自ら運営しているのが一般的です。

日本では日本銀行の日銀ネットがその役割を担っています。

詳細は前述の通りです。

それとは対照的に、各国の小口決済の制度はその国の経済、社会、文化、慣習、

歴史などによって千姿万態です。

結果、小口決済の安定性を確保するための中央銀行の方策には各国で大きな違いがあります。

一方、仮想通貨やモバイル決済など、近年の小口決済の新しい動向への関与のあり方は

各中央銀行にとって共通の課題となっています。

現金志向が強い日本の小口決済の特徴はどこにあるのか。

2017年2月日本銀行が発行した「BIS決済統計から見た日本のリテール、

大口資金決済システムの特徴」と言うと言うレポートに基づいて、

諸外国と比較しつつ日本の小口決済の特徴を明らかにしてみたいと思います。

国際比較した場合、日本では現金志向が強く、それが日本の小口決済の

最大の特徴である事は前述しました。

その理由も指摘しましたが、他の決済手段と比較して改めて考えると、カード決済、

特にクレジットカード、デビットカードによる決済よりも、

現金決済が好まれる傾向があるようです。 

事実、使用国の現金流通額とカード決済残高の対名目GDP比率には明確な逆相関があります。

日本のように現金流通額の比率が高い国ではカード決済残高の比率が低いと言う関係があります。

日本の小口決済の特徴を挙げましょう。

①持っているけど使わない?各種カードの保有数や利用状況には興味深い数字があります。

日本のカード決済残高の対GDP率は諸外国の中で平均レベルにあります。

にもかかわらず、各種カードの一人当たりの平均保有枚数が多いのです。

平均保有枚数は7.7枚で、主要国の中ではシンガポールに次いで2番目の多さです。

内訳はクレジットカード、デビットカード、電子マネーなので、

一人当たりの保有枚数はいずれも平均2枚を超えています。

ただし、デビットカードは事実上キャッシュカードとして使われる使われていると思われます。

日本のキャッシュカードの多くにはデビットカードとして利用できるJ-Debit

(ジェイデビット)の機能が漬けられていますが、

その機能を持つキャッシュカードは全てデビットカードに分類されるからです。

日本のデビットカードによる決済金額のGDP比率はほぼゼロです。

日本銀行のレポートは、クレジットカードの保有枚数が主要国平均を

大きく上回っている理由を4つ指摘しています。

①クレジットカード発行に伴う審査が他国に比べ日して厳しくなく、

カードを持つこと自体のハードルがさほど高くない、

②各クレジットカード会社が入会特典の付与などを通じて

発行枚数を増やすよう努めている、

③複数のクレジットカードを持っている個人はそれぞれのカードの

ポイントサービス等に応じて、店によってクレジットカードを使い分けている—。

心当たりのある読者も多いと思います。

他方、クレジットカード決済額が大きくないのは、

小額決済には現金や電子マネーが好まれ、クレジットカードが高額決済を中心に

利用される傾向が多いためです。

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【銀行デジタル革命】49高額紙幣の需要が大きいわけ

多くの国では現金の利用は依然として増加しています。

見逃してならないのが、各国の現金流通額を押し上げているのは税金逃れや闇取引、

賄賂などの犯罪に利用されやすい高額紙幣であると言う事実です。 

現金流通額の中身を検討すると、日本には、現金のうち最高額面券の10,000円札が

全体に占める比率が圧倒的に高いと言う特徴があります。

名目GDP比率は17.5%で、現金流通額の92%に足しており、

どちらも主要国の中で最高水準にあります(図表4-3)。

一般に、人々が日常生活でより多く利用するのは高額紙幣の10,000円札ではなく

1000円札であろうと思われます。

にもかかわらず10,000円札の比率が高いと言うのは、10,000円札が決済手段と言うよりも、

金融資産として保有する価値貯蔵手段として受容されているからではないかと

推察できます。

少し古い数字ですが、2007年現在で10,000円札の発行残高の38%程度が

貯蓄需要で保有されていたと言う日本銀行に試算もあります。 

日本で価値貯蔵手段としての現金需要が極めて大きい背景として、日本銀行は

①治安が相対的に好く、盗難などにより現金を失うリスクが他国へ対しては低い

②偽造された銀行券が相対的に少なく、銀行券に対する国民の信任が高い、

③低金利環境のため現金保有の機会費用が小さい、つまり銀行預金で持っていても

金利が低いため、現金で持つことのデメリットが小さいこと—の3点あげています。

これに加え、すでに指摘したように、税金目的とした需要も少なくないと著者は見ています。

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【銀行デジタル革命】48現金離れは北欧だけ

現金流通額が名目GDPに占める比率を比べると、各国で現金が決済手段として

どの程度使われているのかがよくわかります。

図表4-12 2015年の各国の比率を示しましたが、

日本は約19%で突出して高くなっています。

現金志向の強弱が国により千差万別ですが、北欧の国々では比率が低く、

アジア諸国では比較的高いと言う傾向があります。 

中国の現金流通額の名目GDP比率を1995年と2015年で比較したのが図表4-2です。

10年間での変化が分かります。

北欧のノルウェー、スウェーデンではGDP比率が下がっていますが、

の国々では比率が高まっています。

日本の比率が9.0%と突出していることも、また海外でスマートフォン決済の普及が

進んでいることも事実ですが、だからといって、日本以外のすべての国で

いわゆるキャッシュレス化(現金離れ)が急速に進んでいると考えるのは事実誤認です。

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【銀行デジタル革命】47第4章現金の異様な存在感、日本人のお金の支払い方—根強い現金志向の謎を解く 増え続ける現金利用

2017年6月に閣議決定された「未来投資戦略2017」に「フィンテックの推進」が明記され、

その中で、10年後の2027年6月までに「キャッシュレス決済比率を倍増し、

4割程度とすること」が目標にかけられました。

しかし、10年と言う期間で達成するのは、なかなか難しいのではないかと予想します。

日本人には根強い現金志向があります。

第二章で見た通り、ビットコインなどの仮想通貨の取引量は急速に拡大していますが、

円などの法定通貨との交換レートの変動率が大きいことや、

決済終了までに時間がかかることなどが制約となって、

決済手段としてはあまり利用されていません。 

実証段階にあるメガバンクの独自デジタル通貨にも課題が山積し、

本格的な普及には時間を要すると予想されます。

こうした状況を見ても、日本で近い将来、デジタル通貨や仮想通貨が

現金にとって変わる可能性は非常に小さいと思われます。

2000年代の前半に登場した電子マネーが現金を代替する可能性について

活発に議論された時期もありましたが、

電子マネーが現金の需要を顕著に減少させたと言う証拠は見つかりませんでした。

それどころか、日本では現金流通額が過去20年近く、予想以上のペースで増加を続けています。

主要国の中で現金が最もよく使われているのは日本です。

そのため、北欧諸国のように現金通貨が減少することを心配する議論は、

日本では全く聞かれません。 

日本で現金志向が強い理由はいくつか考えられます。

①個人情報に敏感で、取引履歴を他者に知られることを嫌う人が多く、

匿名性が完全に担保され、利用者の情報が全く残らない現金決済を好む傾向がある、

②低金利が長期化し銀行預金の魅力が低下した、

③ 1990年代の銀行不安を受け、資産を銀行預金から現金へシフトさせる人が増え、

その後の現金を手元に置く傾向が続いた、

④治安が良く現金を所持することの不安が小さい、

⑤日本銀行が現金流通に万全を期しているため、現金が不足すること事態が生じにくい、

⑥日本銀行の取り組みにより紙幣のクリーン度が高い、

⑦ATMの数が多く故障が少ない⑧税回避の目的で現金が保有される場合がある—などです。

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