第3章で詳述しますが、世界はキャッシュレス化に進みつつあります。
メガバンクが創設を準備しているデジタル通貨も、その方向に向かっているように見えます。
しかし、日本に本格的なキャッシュレス社会が到来するかどうか、
デジタル通貨が全ての人々に完全に行き渡る社会インフラになるかどうかと言う視点で
見たとき、銀行にそれを推進する強い意志と覚悟があるかどうかは疑問です。
それは今述べたようなジレンマに銀行が直面しているからでもありますし、
また、一度社会インフラの構築を推進する立場になると、
ときには採算を度外視してもやらざるをえなくなると言う懸念もあるからでしょう。
デジタル通貨の普及により、銀行の収益がどのくらい失われるかを大胆に試算してみましょう。
例えば、三菱東京UFJ銀行(当時、現三菱UFJ銀行) 2017年3月期の
有価証券報告書をもとに試算すると、年間779億円の利益が失われる計算となります。
報告書にある決算関連手数料は1558億円です。
決算関連の減価償却費は約376億円と計算できるので、決算関連の収支、
つまり手数料収支は1182億円ほどだと予想できます。
決済のうち、これまでATMなどを利用していた送金の半分が、
デジタル通貨を利用したスマートフォン決済に代替されると仮定すると、
手数料収入は779億円に半減します。
一方、利用者が減っても減価償却費は減少しませんからそのままです。
収支は現在の約3分の1の403億円となり、779億円の減少です。
この減少分は三菱UFJ銀行の2017年3月期の純利益4815億円の16.2%にも相当します。
前述の全銀システムは、全国の振り込み依頼を振込先口座リアルタイムで送信し、
銀行間の決済も当日完了する、世界に類例の少ない決済サービスです。
そのコストは膨大です。
キャッシュレス化が進むと、システム、店舗、ATMなどの既存のインフラは
無用の長物となります。
キャッシュレス化は銀行にもメリットがあるとの主張もありますが、
デメリットをうわまわるかどうかは疑問です。
例えば、キャッシュレス化によってATMは必要なくなりますが、
それは銀行の収益を悪化させる可能性があります。
地銀は純利益の13%、セブン銀行は93%をATM手数料から得ているのが実情だからです。
ここは日本のキャッシュレス化を考えるときの重要なポイントでもあります。
銀行自身がデジタル通貨を発行することにそのようなジレンマがある事は、
銀行と競合するフィンテック企業がスマートフォン決済を担っている海外とは、
事情が全く異なります。
そうしたジレンマを考慮すると、銀行がデジタル通貨の発行を顧客向けサービスの
一環と言う範疇を超えて、キャッシュレス社会構築の一翼を担うインフラに
発展させることまでを意図しているとは思えません。
もしそのような考えを持っているのであれば、最後の1人までもが
それを使いこなすことを支援し続けなくてはならない義務を負うことになります。
例えばスマートフォン決済の通貨を利用すると言う方式の人々が移行するのを
助けるための費用や、利用の相談、教育のための人件費が考えられます。
場合によってはスマートフォン購入の支援などのコスト、
高齢者や外国人を含む全ての人々が不便なく利用できるはず環境整備などを求められるでしょう。
それには単にデジタル通貨を発行することとは比較にならないような
巨額の投資とその維持費が必要です。
第5章で詳しく見ることになりますが、銀行は歴史的に見ても
極めて厳しい収益環境に直面しており、その中でメガバンクは経営の
行動改革に着手したばかりです。
そうした銀行に、キャッシュレス社会のインフラ構築に投資する余裕はないと思われます。
できればやりたくはないけれど、やらざるを得ない—
これが、日本のメガバンクのフィンテック対応の本音ではないでしょうか。