もちろん、中国が脅かそうとしているのは上空通過の自由だけではない。
公海の航行の自由をめぐっても数々の衝突が起きている。
その典型例が「インペッカブル事件」である。
アメリカ艦船インペッカブルは比較的小型で非武装の双胴型海洋調査船で、
最新鋭の「曳航アレイ・ソナーシステム」(文字通り、船尾から海中を曳航される)を
使って潜水艦活動を偵察するのがその任務である。
インペッカブルは、中国の排他的経済水域内ではあるが、
中国の領海から十分に離れた海域で作業行っていた。
すると、中国のフリゲート艦一隻がインペッカブルの前方およそ90メートルを横切った。
これは海軍の標準から言えば危険な接近にあたる。
この嫌がらせから間髪入れず、もう一隻がいインペッカブルの鼻先をを横切り、
さらに、中国海軍Y-12哨戒機がいインペッカブルの船橋の上空180メートルと言う
すれすれの高さを11回も飛行した。
その2日後、威嚇はさらにヒートアップした。
中国海警局の監視船が船舶無線を通じて、違法な活動を停止してこの海域から退去せよ、
さもないと「報いを受けることになる」と警告してきたのである。
翌日、インペッカブルは中国の民間船五隻(うち二隻はトロール漁船)に取り囲まれた。
トロール船二籍はインペッカブルからわずか15メートルのところまで迫ってきた。
もっとも挑発的だったのは、インペッカブルが退去しようとした際、
トロール漁船がその進路を塞ぎ、曳航アレイをフックで引っ掛けようとしたことである。
ここへきてついに、アメリカ最高司令官バラク・オバマ大統領は
インペッカブル護衛のための誘導ミサイル駆逐艦チャン=フーに出動命令を出した。
この事件は、小さな衝突が重大な対応につながりかねないことをまざまざと示している。
「開かれた海」派のアメリカと「閉じられた海」派の中国とのこうした縄張り争いは、
今では数え切れないほど頻繁に起きている。
こうした偶発事件から砲火の応酬が起き、それが戦争へと
発展する可能性があるのは明らかである。
そのシナリオまで、簡単に予想がついてしまう。
例えば、軍用機が空中衝突し、パイロットが死亡したとする。
それをきっかけに、米中双方に極端な愛国主義的反応が起き、
対立が一気にエスカレートすることが予想される。
こうした事態は十分に考えられるものの、戦争のきっかけになる可能性が
最も高いのは事件や事故では無いかもしれない。
中国が意図的に武力に訴えてアメリカ軍をアジアの海と空から締め出し、
「閉じられた海」と言うその世界観を実現しようとする可能性もある。
もちろん、アメリカの安全保障と経済的繁栄に深刻な打撃を与える
そのような行動を容認するアメリカ大統領はいないだろう。
台湾独立が中国から見てゆずれない線だとすれば、航行と上空通過の自由は
アメリカにとってのゆずれない線なのである。
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